肩こり母ちゃん
夜の遅い時間。
新曲の歌詞が煮詰まってキッチンへ行ったら、母ちゃんがパジャマ姿で何やら作っていた。
その手元の小さい椀から湯気が立つ。
「母ちゃん夜食?」
俺が尋ねると
「ああ。今日仕事忙しくてさー、夜休憩ちょっとしか取れなくておにぎり1個しか食べられなかったんだよ」
「そっか」
母ちゃんお気に入りの蓮根の柄の器。
それをよくよく見た俺は眉根を寄せた。
「これ…って、油揚げ…じゃ、ないよな」
「違うよ。これは煎餅だよ」
「煎餅!?」
なるほど、休みの日に母ちゃんがよくパリパリ食べてる醤油煎餅だ。
「お湯に浸すと柔らかくなってね、醤油味だから味付けする必要もなし」
言いながら肩にしきりに手をやっている。
「肩…凝ってる?マッサージしようか?」
「あんた明日までに何か仕上げるとか言ってなかったっけ?」
「いいんだ、俺もちょっと気分転換したくてきたから」
ここらへん…適当なところを掴んで揉む…んっ?もう少し力を入れて…んん!
「どうしたの」
「いや、指が…」
入らない、と言おうとしたらその言葉を母ちゃんが引き取った。
「入らない、だろ?
指圧の先生にも言われるときあるよ」
笑う母ちゃんの目元、少しだけ皺が増えたかな。
そう思ったらなんか目がシパシパしてきて、俺は目を瞑りぐっ、と指先に力を込めた。
「あっ、効くね、やっぱり若い男の子の力は凄いね。…あんたも、煎餅汁食べるかい?」
「食べる」
煎餅の匂いに包まれた夜だった。