母ちゃんがふぅふぅ言いながら
スーパーの袋を重たそうに下げて帰ってきた。
そんなに沢山何買ったの、って聞いたら
これよ、これ!と
袋の中からオレンジ色の卵形の果物を出してきた。
「ビワよー、ビワ!今日安かったから。あんたビワって漢字で書ける?」
「えっと…」
急に言われてもさ。
別に、普段の生活に必要ないし。
そう思いながらも思考を巡らせていると
「母ちゃんは書けるよ!」
そう言って取り上げた油性マジックでチラシの裏に黒々と走り書き。
『琵琶』
母ちゃんの得意顔がこっちを見ている。
「…あ、俺、なんかその字見覚えある。
それって琵琶湖の…」
「えっ!?」
急いで文字を睨み付ける母ちゃんの2つの目。まるで睨めば字が変形するかのようなその様子に、俺は我慢できずに小さく吹き出した。
「こんな感じじゃなかったっけ?うん、近いとは思うよ?」
母ちゃんは言い訳しながらビワをいくつか水で洗うと、皿に盛った。
「今度からちゃんと勉強しときなさい!」
えっ、俺?
俺が勉強すんの?
確かに答えられなかったけど、まるで今俺が間違えたみたいになってんじゃん!
まったく、話すり替えるの上手いなーと苦笑いしつつ、俺はビワを1つ取り上げて皮を剥く。
「ビワって、甘いんだか甘くないんだか…なんだか中途半端な味…」
聞こえたらしく、洗濯機のある方から声が飛んできた。
「優しい甘さ、って言うんだよ。知らない?今流行りは優しい味なんだよ」
じゃあ母ちゃんもマイルドに…と言いかけて、やめた。
やっぱりビワも母ちゃんもこのままでいいや。